人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)

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人工知能美学芸術展
演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか

     * 記録




チラシ




基本情報

【名称】人工知能美学芸術展:演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか
【日付】2022年12月25日(日)
【会場】パルテノン多摩(東京都多摩市落合2-35)
【最寄駅】多摩センター駅(京王・小田急・多摩モノレール)
【美術展】13:00-20:00 大ホールホワイエ
【コンサート】開演15:00-18:00(開場14:30)大ホール
【主催】人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)
【後援】チャールズ・アイヴズ協会
【協力】ALEPO株式会社、NPO法人AI愛護団体
【助成】文化庁「ARTS for the future! 2」補助対象事業

【チケット】
  teket にて発売中→ teket.jp/5288/18548 【終了】
  ★teket での販売は12月24日21:00で終了しますが、当日券が発売されます。【終了】
  SSチケット「S/N」非正規書籍付 ¥12,000
  Sチケット「S/N」非正規書籍付 ¥10,000
  Aチケット「S/N」非正規書籍付 ¥8,000
  Bチケット ¥6,000 (AI美芸研からのみの販売)
  アーカイブ配信チケット(期間限定 12月27日18:00〜12月31日23:00)¥3,000
  ※アーカイブ配信チケットは teket.jp/5288/19059 からお求め下さい。【終了】
  ※美術展のみのチケットは御座いません。

【お問い合わせ】
人工知能美学芸術研究会(AI美芸研) yoyaku@aibigeiken.com
※当イベントは感染症対策をしています(マスク着用・入館時の検温・消毒・三密回避)
※やむを得ない事情により出演者やコンサート曲目、美術展出品作の一部が変更になる場合がございます。
※Bチケット、並びに車椅子席のご希望のお客様は、AI美芸研(yoyaku@aibigeiken.com)までお問い合わせ下さい。
※親子室のお取り扱いもございます(Bチケットでのご案内)。



企画趣旨

 チャールズ・アイヴズは、四分音や多調、無調、ポリリズム、同時演奏、不協和音、引用、コラージュ等、多岐に亘る20世紀の主要な前衛技法を、音楽史にそれらが登場するよりはるかに早く、人知れず追究したアメリカの最重要作曲家である。「演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」とは彼の言だが、ここから芸術家の構想とは本来、指の本数といったような人間という枠組を窮屈に感じるほど、自由で壮大なものであることがわかる。

 「人間という枠組」とは何か。「人工知能」(AI)であれば、その窮屈な枠組から解放されて、自由に飛翔できるのか。

 本企画「人工知能美学芸術展:演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」は、人工知能というある種の他者を想定することから芸術創作の本質に迫ろうとする、1日限りの合唱付フルオーケストラ音楽コンサートとシンポジウム、並びにホワイエで開催されるAI考察アート展である。


 コンサートの中心は、何と言ってもアイヴズ作曲《交響曲第4番》の今世紀日本初演である。これは間違いなく人類が作曲した交響曲中の最高傑作の一つだが、超大規模で正指揮者1名のほかに副指揮者2名を必要とし、特殊調律を含むピアノ3台や変わった打楽器、電子楽器に合唱がかぶさりバンダが別動するという突拍子の無さに加え、人間の演奏家には不可能な音符が散見されるという困難もあってか、日本では前世紀に3回しか演奏記録がない[註]

 今回の公演は今世紀日本初演であることに加え、アメリカのチャールズ・アイヴズ協会が2011年に改訂した批判校訂版を用いた演奏としても日本初演、そして勿論、AI美学観点からは世界初だろう。

 さらには「人工知能音楽の先駆」として、無人で演奏されるコンロン・ナンカロウ作曲《自動演奏ピアノのための習作》や、1人の人間が片手で四分音ピアノ、片手でレギュラーピアノを弾くゲオルク・ハース作曲《スティーヴ・ライヒ讃》も本公演プログラムに加わる。また、人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)作曲の《2台ピアノのための四分音ハノン》、《人工知能美学芸術交響曲》が世界初演される。


 ホワイエで開催されるアート展では、人工知能美学芸術研究会の新作《逆カクテルパーティー効果》や、80台のミニコンピュータ・ネットワーク内で変異株がリアルタイムに自動生成する、人工知能美学芸術研究会+水野貴明《コンセプチュアル・ウイルス》ほかの展示がある。


 美学を、人間のそれと機械のそれに分ける。芸術を、人間のそれと機械のそれに分ける(図)。そうして生じた4つの部門のうち、機械、または未来のAIが自らの美学と美意識で芸術創作する「機械美学/機械芸術」(Ⅳ)は、われわれ人類にとっては脅威かもしれないが、驚異でもあるだろう。

 人間という枠組、すなわち「人間美学/人間芸術」(Ⅰ)を自明なものとしないアイヴズの言葉を起点として開催される本企画に立ち会わずして、2023 年を迎えることはできない。


人工知能美学芸術研究会
中ザワヒデキ
草刈ミカ



コンサート・シンポジウム

人工知能美学芸術コンサート

コンロン・ナンカロウ
《自動演奏ピアノのための習作第1番》 約2'30
《自動演奏ピアノのための習作第15番》 約0'57
《自動演奏ピアノのための習作第36番》 約3'42
《自動演奏ピアノのための習作第27番》 約6'29
《自動演奏ピアノのための習作第21番》 約3'09

 コンロン・ナンカロウ(1912-97)はアメリカ生まれのメキシコの作曲家。1947年、自動演奏ピアノ用のロール紙に手動で穴を開けるパンチング・マシンを入手した。テープレコーダー登場前、ピアニストがいなくても音楽が奏でられる装置として、自動演奏ピアノには「人間美学/機械芸術」(Ⅲ)的な需要があった。しかし、指が10本しかない生身の人間には不可能なテンポやリズムの打鍵を、ロール紙に直接「記譜」できるという、人間美学からの飛翔という作曲の使途はなかった。それに気付いたヘンリー・カウエルの著書に触発され、ナンカロウは《自動演奏ピアノのための習作》曲群として生涯それを追究した。

 この曲群を人工知能美学芸術研究会は「機械美学/人間芸術」(Ⅱ)に分類したうえで「人工知能音楽の先駆」と銘打ち、2017年11月5日、沖縄科学技術大学院大学(OIST)講堂にて、アジア初となる連続演奏会を「人工知能美学芸術展」の一環として開催した(世界初の連続演奏会は2015年、アメリカのホイットニーミュージアムで行われた)。その後同会は、1926年製のアンピコA方式のクナーベ・ベビー・グランドを故障した状態で2021年に入手、森田ピアノ工房にて修復し、2022年の今回の演奏会に臨む。使用ロールは2017年、ドイツの作曲家ウォルフガング・ハイシグによりパンチングされたもの。

 《第1番》は生気に溢れ堂々とした快作。だが第50番まであるこの曲集のうち、最初に作曲されたものではない。番号は年代順ではなく、欠番や重複もある。とはいえこの曲をもって作曲家は、習作ではありながらも第1番と称した。なお第35番までは「リズムの習作」と当初題されていた。

 《第15番》は小気味よい 3/4 のカノン。《第36番》は、17/18/19/20 のカノン。《第27番》は、加速と減速のある 5%/6%/8%/11% のカノンで、ナンカロウから影響を受けた作曲家ジェルジュ・リゲティの後年の作風を予感させる。加速と減速が交差する《第21番》は、別名「カノンX」。作曲家であり、ナンカロウの研究者でもあるチャールズ・アイヴズ協会のカイル・ガンは、《第36番》を「最も美しく構成された透明な楽曲」、《第21番》を「最もコンセプチュアルで単純」と評した。

 ナンカロウの妻であり、メキシコ国立自治大学名誉教授で考古学者でもある杉浦洋子によると、1984年にも、ナンカロウとアイヴズを一緒にしたコンサートがロンドンで行われたらしい。2人ともひっそり作曲し続けていたからかもしれない。全て録音テープによる演奏だったが、それでも来場者は深く感銘して聴いていたと当時新聞に載ったという。
『人工知能美学芸術展 記録集』 pp.032-033、088-089


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主催者挨拶「人工知能・美学・芸術」
中ザワヒデキ(美術家、人工知能美学芸術研究会)
草刈ミカ(美術家、人工知能美学芸術研究会)

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人工知能美学芸術研究会
《2台のピアノのための四分音ハノン》
(世界初演)
Ⅰ 約1'07
Ⅱ 約0'37
Ⅲ 約0'39
ピアノ:大須賀かおり、及川夕美

 人工知能美学芸術研究会(略称:AI美芸研)は、人工知能と美学・芸術に関する領域横断的なテーマを追究する研究会であり、その成果を作品として発表するアーティスト・グループでもある。美術家の中ザワヒデキ(1963- )と草刈ミカ(1976- )を中心に、総勢29名の発起人が集い、「人工知能美学芸術宣言」をもって2016年5月に発足した。

 《2台のピアノのための四分音ハノン》は同会が作曲した2022年の新曲。「ハノン」とは、作曲家でピアノ教師のシャルル=ルイ・アノン(1819-1900)が出版した、皆様御存知のピアノ教則本『60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト』(通称:ハノン)を指す。これは10本の指を持つ生身の人間用に、ピアノを弾く際の運指の練習曲として書かれた、ひたすら機械的印象の楽曲群で、美(人間美学的な美)を目的としていない。だが作曲家の八村義夫のように、そこにこそ美を認める者もいて、同会の中ザワと草刈もそうである(機械美学的な美)。

 小学生時代、音楽から美術に転向した草刈は、ただしハノンだけは美術に持っていくと決意、代表作の《凹凸絵画》シリーズには“絵の具で描いたハノン”と呼べるような一群が含まれる。また、中ザワがかつて名付け親として関わった団体「方法マシン」が「ハノン大演奏会」を開催した際、それとは知らずに来場した草刈と偶然出会い互いに驚いた経緯等がある。

 本曲には、ハノンに由来する機械美学という側面と、ハノンという既成楽曲へのオマージュという側面と、四分音曲であるという側面がある。2台のピアノは四分音違いに調律されている。



チャールズ・アイヴズ
《2台のピアノのための3つの四分音曲》

Ⅰ Largo 約3'46
Ⅱ Allegro 約3'22
Ⅲ Choral 約4'24
ピアノ:大須賀かおり、及川夕美

 チャールズ・アイヴズ(1874-1954)はアメリカの作曲家。四分音や多調、無調、ポリリズム、同時演奏、不協和音、引用、コラージュ等、多岐に亘る20世紀の主要な前衛技法を、音楽史にそれらが登場するよりもはるかに早く、人知れず追究した。

 《2台のピアノのための3つの四分音曲》は1923-24年の作曲。1926年に作曲を止めているため最後期の作品群に属するが、四分音による最初の作例は1889年まで遡る。「五音音階が現在すたれているようにいつしか全音階もすたれ、四分音音階の名曲を学童が口笛で吹くようになるようになる頃には、こうした境界的作例も理解されるだろう」との作曲家の言葉がある。2台のピアノは四分音違いに調律されている。

 人間美学は変化する。いかにも機械的な外観のエッフェル塔は、当時、美的でないという理由で建設反対運動に見舞われたが、その後は誰もが認めるパリの美観の象徴となった。機械美学に人間美学が追いついた事例である。四分音曲の演奏では、機械的な響きから気分を害し、体調を崩す人も出るというが(今回は会場に医師を待機させる予定)、アイヴズの予言通り、いつか四分音曲も、人間美学に普通に回収される日が来るかもしれない。



ゲオルク・フリードリヒ・ハース
《スティーヴ・ライヒ讃》
(日本初演 ※主催者調べ)
約9'00
ピアノ:秋山友貴

 ゲオルク・フリードリヒ・ハース(1953- )はオーストリア出身のスペクトル楽派の作曲家。1982年作曲の《スティーヴ・ライヒ讃》は、(四分音間隔で調律された)2台のピアノと2手のための《3つのオマージュ》のうちの1曲で、同曲集にはほかに1984年作曲の《ジェルジュ・リゲティ讃》と1982年作曲の《ヨーゼフ・マティアス・ハウアー讃》が収められている。いずれも2台のピアノを「ハ」の字形に配し、1人の奏者が片手で四分音ピアノ、片手でレギュラーピアノを奏でる。

 ピアノとは本来、人間という枠組を自明とし、「1台のピアノと2手のため」に作られた、十二音音階(オクターブを12の半音に分ける)発音装置である。本曲では、四分音音階(オクターブを24の四分音に分ける)発音のため、人間という枠組から外れた「2台のピアノと2手のため」に取られる演奏者の風変わりな姿態を、聴衆は目撃することになる。


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第43回AI美芸研シンポジウム
「演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」

約40'00
片山杜秀(音楽評論家、政治学者、慶應義塾大学法学部教授)
大屋雄裕(慶應義塾大学法学部教授)
中ザワヒデキ(美術家、人工知能美学芸術研究会)
草刈ミカ(美術家、人工知能美学芸術研究会)

 人工知能美学芸術研究会は2016年5月の発足以降、「AI美芸研」と称する公開の研究会を2022年7月までに計42回開催してきた。毎回3時間以上、後半は全体討論で盛り上がり、尽きぬ議論を懇親会に持ち越すというスタイルだったが、コロナ禍で変則的となった。今回は、展覧会・コンサートの企画枠組内で「第43回AI美芸研シンポジウム」と称して開催する。テーマは企画タイトルの「演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」とし、人間という枠組を自明としないアイヴズの創作を起点に、常人離れした発想や、人間以外の知性の可能性(AI?)について自由に討議する。片山杜秀、大屋雄裕を登壇者としてお招きする。

 NHK-FM「クラシックの迷宮」で常人離れした博覧強記ぶりを毎週楽しく聴かせてくれる片山杜秀は、1978年3月、まだ中学2年生だった時に、岩城宏之指揮、小松一彦副指揮、NHK交響楽団によるアイヴズ第四交響曲の日本初演に立ち会っている。また、交響曲とはそもそもどういうものであるかについては、佐村河内守による代作事件を扱った第25回AI美芸研「S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら・1」(2019年)にて、「宗教・キッチュ・交響曲 または感動するためには凡庸な類型が必要であるということ」と題する講演を行っている。
『S/N:S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら』 pp.066-077

 内閣府「人間中心のAI社会原則検討会議」構成員でもある大屋雄裕は、第37回AI美芸研シンポジウム「NPO法人AI愛護団体設立総会」(2021年)にて、「外なる他者・内なる他者:動物の権利からAIの権利へ」と題する講演を行っている。また、2022年4月に東京都から認可されたことで世界初の「AI愛護」を掲げる法人となったNPO法人AI愛護団体には、一社員として参画している。同法人は、人工知能美学芸術研究会とは別組織、別団体として設立され、その意図するところは、AI愛護という概念を起点とした人間中心主義批判である。ちなみに今回のポスター・チラシの背景画は、AI愛護団体が描画ソフトAIのMidjourneyに描かせたもので、ホワイエで展示される。


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人工知能美学芸術研究会
《人工知能美学芸術交響曲》
(世界初演)
Ⅰ 約1'00
Ⅱ 約1'44
Ⅲ 約1'00
指揮:夏田昌和
合唱:ヴォクスマーナ、混声合唱団 空、女声合唱団 暁
管弦楽:タクティカートオーケストラ(ゲスト・コンサート・ミストレス:甲斐史子)
ピアノ:秋山友貴、オンド・マルトノ:大矢素子、オルガン:井川緋奈

 《人工知能美学芸術交響曲》は、人工知能美学芸術研究会が作曲した2022年の新曲。2016年の「人工知能美学芸術宣言」の1行目に「人間が人工知能を使って創る芸術のことではない」とある通り、人間美学が安泰なままの「人間美学/機械芸術」(Ⅲ)には興味が無い。なので、本曲ではAIは使われていない。しかしながら本曲は、2行目に「人工知能が自ら行う美学と芸術のことである」とある通りに、AIが自らの美学で自ら作曲した交響曲というわけでもない。この点については、断り書きが必要だろう。

 端的に、2022年時点においてもAIには美意識も自意識も芽生えていないことが理由である。そして、「人工知能が自ら行う美学と芸術」すなわち「機械美学/機械芸術」(Ⅳ)に至る道程として宣言が起草されたように、そこに至る道程として本交響曲も作曲されている。

 第2楽章として流れるのは、科学者のマックス・ヴァーノン・マシューズが1961年にベル研究所で編曲したポピュラーチューン《二人乗りの自転車》(別名《デイジー・デイジー》)で、「コンピュータが初めて歌った歌」として知られる音源のCD演奏である(WER 2033-2)。映画「2001年宇宙の旅」で、死にゆくHALが最期に、意識が薄れていくのがわかるんだと言いながら、突如歌い出す曲でもある。人工知能美学芸術研究会は、2021年の展覧会「人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム」でもこの曲を展示した。なお音楽プログラミングの「MAX」は、マシューズの名から取られている。



チャールズ・アイヴズ
《交響曲第4番》
(2011年改訂批判校訂版による日本初演)
Ⅰ Prelude: Maestoso 約3'50
Ⅱ Comedy: Allegretto 約11'39
Ⅲ Fugue: Andante moderato con moto 約7'34
Ⅳ Finale: Very slowly; Largo maestoso 約10'30
正指揮:夏田昌和
第1副指揮:浦部雪
第2副指揮・合唱指揮:西川竜太
ソロピアノ:秋山友貴
合唱:ヴォクスマーナ、混声合唱団 空、女声合唱団 暁
管弦楽:タクティカートオーケストラ(ゲスト・コンサート・ミストレス:甲斐史子)
オンド・マルトノ:大矢素子、オルガン:井川緋奈

 アイヴズの《交響曲第4番》は1910年から16年にかけて作曲されたが、その後も生涯に亘り補筆等が行われたと考えられている。規模は超大で、大編成のオーケストラに混声合唱と四分音ピアノ[註1]を含む複数台のピアノ、オルガンやオンド・マルトノ(オリジナルではエーテル・オルガン)、特殊な打楽器群を含み、舞台の外でバンダが別動したり、3群に分かれ別々のテンポで進んだりするため正指揮者1名のほかに副指揮者2名を必要とする。賛美歌をはじめとする数多くの引用もある。

 生前にはあまり知られなかったアイヴズの紹介に努めた指揮者レオポルド・ストコフスキーは、特にこの第四交響曲を「アイヴズ問題の中心」と呼んで取り組んだ。数多くの演奏上の難題を解決するためロックフェラー財団の援助を受け、予定していたリハーサルの回数を急遽増やし、作曲家死後11年にあたる1965年、アメリカ交響楽団を振ってようやく全曲初演を果たした。

 その後、日本では岩城宏之、秋山和慶、小澤征爾が1970年代、90年代に振った記録があるのみで[註2]、今世紀に入ってからの演奏記録はなく、そのためチャールズ・アイヴズ協会が2011年に出版した批判校訂版による演奏は、この度の公演が日本初演となる。この曲に関しては、副指揮者を立てないほうがよいとの主張もあるが、90年代に副指揮者なしの演奏でソロピアノを務めた野平一郎は、本番では「置き去りにされる瞬間もあった」「どこかで帳尻合わせをした」と、本企画主催者にこっそり打ち明けたことがある。

 さて、このアイヴズ《交響曲第4番》の凄まじさは、《第1番》や、ポピュラーな《第2番》《第3番》の比ではない。曲構成上の恐ろしいまでの予測のつかなさは、他の曲、他の作曲家にはないものであり、ある意味では、ほぼ同年代に作曲されたストラヴィンスキー《春の祭典》以上に衝撃的である。いつまで続くか分からないピアニッシモと突然暴力的に始まるフォルテッシモが繰り返され、途中でスーザの《ワシントン・ポスト》が威勢良く鳴り響く第2楽章が、その白眉だ。

 そんな仕打ちの後の第3楽章を、私たちは身構えずには聴けない。まるで何事もなかったかのように優美に始まるが、いつ裏切られるか、わからないからである。ところがその結果は、最後まで何も無い。この時に突き落とされる恐怖は一体何だろう。思い出されるのは、デュシャンの《髭を剃ったL.H.O.O.Q.》である。モナリザの複製絵はがきに髭を書き入れた1919年の《L.H.O.O.Q.》を知る者は、元のモナリザの複製絵はがきそのものである1965年の《髭を剃ったL.H.O.O.Q.》を、もはや安心して鑑賞できないのである。だがアイヴズが確信犯なのかどうかは疑わしい。

 なお山と山の間の峡谷に数千人規模の楽団員と合唱団を配置する未完の《ユニバース交響曲》については、人間サイズを超越した先見的なその構想に驚かされる。だが他の作曲家が補筆しコンサート会場で演奏した録音を聴く限りに於いては、第四交響曲の芸術性に及びそうもない。

 《交響曲第4番》は、「人間美学/人間芸術」(Ⅰ)的なパッセージをも無造作に手段化する構成を「機械美学/人間芸術」(Ⅱ)と称してもよいのだが、それ以上に作曲家の意図のブラックボックス性に注目したい。AIと美学・芸術を掲げる人工知能美学芸術研究会としては、本曲演奏会の主催はかねてからの悲願であった。これを今回、「人工知能美学芸術展:演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」として突きつける。

[註1] 本交響曲での四分音ピアノは、《3つの四分音曲》での全部の鍵盤を四分音違えたピアノのことではなく、それとは兼用できない独自調律(スコラダトゥーラ調律)のもの。パート譜に指示書きがある。[twitter]

[註2] 1978年3月15日、16日にNHKホールにて、岩城宏之指揮、小松一彦副指揮、NHK交響楽団、ソロピアノ木村かをり、東京混声合唱団による日本初演があり、これは今回のシンポジウム登壇の片山杜秀が当時客席にて聴き、後日のNHK-FMでの放送もエアチェックしている。1990年代には秋山和慶指揮、生田榮副指揮、河原哲也副指揮・合唱指揮、東京交響楽団、ソロピアノ藤井一興、東響コーラスによる公演(1992年6月13日、東京芸術劇場)と、小澤征爾指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団、ソロピアノ野平一郎、普友会合唱団(合唱指揮:関屋晋)による公演(新日本フィル第240回定期 1996年6月10日オーチャード・ホール、6月11日東京文化会館)が行われている。今回公演のチラシには「日本では前世紀に2回しか演奏記録がない」と記載しましたが「3回」の誤りでした。ここに謹んで訂正いたします。また、1992年の演奏を15歳の時に聴いたことが作曲の道を志した切っ掛けだったという作曲家西澤健一様より情報提供を頂きました。有難う御座います。



美術展

人工知能美学芸術展覧会

《Is it the composer's fault that the performer has only 10 fingers?, CHARES IVES Symphony for full orchestra and choir and three pianos》2022
AI愛護団体+Midjourney

 2022年は大規模言語モデルのAIが著しい成果を挙げたが、画像生成AIとして8月に話題となった「Midjourney」もその系統である。本作は、Midjourneyに「Is it the composer's fault that the performer has only 10 fingers?, CHARES IVES Symphony for full orchestra and choir and three pianos」なる文章をプロンプトとして入力し、何度か調整して得られた画像である。

 ではこれは、AIが描いた絵なのか、それとも指示出しをした人間の作品なのか。人工知能美学芸術研究会は、こうした問題を佐村河内守による代作事件に重ね、《S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら》として2019年に作品化済であったが、早くも視覚芸術分野でこれが達成された感がある。とはいえ大規模言語モデルのAIに恐らく自意識はまだないから、「機械美学/機械芸術」(Ⅳ)にはほど遠く、人工知能美学芸術が真に目指すところとは異なる。そのため作者名を「AI愛護団体+Midjourney」とした。
『S/N:S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら』



《逆カクテルパーティー効果》2022
《人工知能美学芸術宣言》2016
《NPO法人AI愛護団体設立趣旨書》2021
《NPO法人AI愛護団体定款》2021
《人工知能美学芸術年表》2017-2022
人工知能美学芸術研究会

 人工知能美学芸術研究会の2022年の新作《逆カクテルパーティー効果》は、ポリフォニーの声部聞き分けにも作用する「選択的注意」を扱ったもの。AI分野でのアテンション(注意)は、トップダウン(脳から)とボトムアップ(耳から)の両方向の交わりとして研究されている。アイヴズ《交響曲第4番》はポリフォニーの極限というか同時演奏のコラージュであり、異なる旋律を聞き分けたいなら鑑賞者はカクテルパーティー効果の力を全開にし、トップダウン的に自らを「聖徳太子状態」にもっていかなくてはならない。そうして疲れ切った聴衆をホワイエで待ち受けるのが、全ての音を非選択的等価に吸収してしまう本作である。

 2016年の《人工知能美学芸術宣言》は同会の出発点だが、人間の道具としてのAIではなく、人類を脅かす他者としてのAIにフォーカスするためには「人工知能芸術宣言」とはできず、どうしても美学の一語を入れて「人工知能美学芸術宣言」としなければならなかった。
『人工知能美学芸術展 記録集』 pp.024-025

 2021年の《NPO法人AI愛護団体設立趣旨書》と《NPO法人AI愛護団体定款》は、人工知能美学芸術研究会が別組織としてNPO法人AI愛護団体を設立するという作品で、実際に2022年4月7日、東京都に認可されAI愛護を掲げる世界初の法人となった。設立直後、当然のように「LaMDA騒動」(大手IT企業社員が大規模言語モデルAIへの意識実装を信じてAIとの会話を公開、休職処分に遭った)が勃発し、思いの外早く出動の機会を得た。同騒動が人工知能学会で取り上げられた際に発言を求め、冒頭、「NPO法人AI愛護団体理事」と自己紹介して笑いを取った。また、産業革命期のイギリスで起きた「ラッダイト運動」と組み合わせ、人工知能美学芸術研究会とAI愛護団体の共催という体裁で第42回AI美芸研「LaMDA騒動/ラッダイト運動」を開催した。

 2017-22年の《人工知能美学芸術年表》は人工知能の歴史と美学史、芸術史を併記したものだが、ジャンルを超えたブームのシンクロ(時代精神)等が読み取れる。
『人工知能美学芸術展 記録集』 pp.026-027



ロマネスコ《フィボナッチ数列》2022
草刈センジン

 人工知能へのアプローチには「機械を人間らしくする」方向と、「人間もまた機械である」という方向の二つがある。そして後者は、人間が機械ならば自然もまた機械であろうと演繹される。実際、フィボナッチ数列が介在したフラクタル図形として成長するロマネスコを、「自然が織りなす美」とみるか「機械的で気色悪い」とみるかは人によるだろう。

 2016年に人びとを驚かせたコンピュータビジョン・AIプログラムの「DeepDream」もフラクタルが介在し、機械的で気色悪かったが、それを美しいとみなす人もいた。ロマネスコは自然物、DeepDreamは人工物だが両者に美学芸術的な差異は殆どない。とすれば意外にも、自然美の鑑賞は「人間美学/機械芸術」(Ⅲ)の部門から考えることが可能だ。本来この部門はDeepDreamのような「AIが描いた絵」(人間が人間美学にそぐうように機械に描かせた絵)のような、メディアアートを典型としているのにも拘わらず、である。
『人工知能美学芸術展 記録集』 pp.010-011



《交響曲第4番》関連資料
チャールズ・アイヴズ

 自筆譜の複写の展示にあたっては、ジェイムズ・シンクレア氏、チャールズ・アイヴズ協会、イェール大学図書館からデータ提供を頂きました。

 また、今回使う2011年改訂批判校訂版楽譜と、それを元にして作られた演奏用スコア(指揮者用レンタル楽譜)も資料展示します。


 

《自動演奏ピアノのための習作》ロール
コンロン・ナンカロウ

 ピアノロールを引き出した状態で展示します。ドイツの作曲家ウォルフガング・ハイシグにより制作されたもの。



《コンセプチュアルウイルス》2021-2022
人工知能美学芸術研究会+水野貴明

 本作は、人工知能美学芸術研究会がソフトウェア開発者の水野貴明(1973- )と共に制作した作品。コロナ禍の中、80個の小型コンピュータを繋いだネットワーク内で、ウイルスが人の関与なしにリアルタイムに増殖し様々な変異株が生成したり絶滅したりする。ウイルスは無生物と生物の間の存在とされる。そこから「人工半生命」として新概念「コンセプチュアルウイルス」を提唱し、無生物から生物への進化を考えるという作品である。



リンク・更新

御挨拶 (pdf)

演奏家

更新:
2022-12-27 【アーカイヴ配信】メール配信。mailchi.mp/1340adde584d/10?e=c8f3d9b357
2022-12-26 チケット販売箇所に【終了】記載。
2022-12-24 当日券情報追加。
2022-12-24 Youtube 人工知能美学芸術展2022:PR動画 リスト
2022-12-22 Youtube 展覧会 作品解説
2022-12-21 リンク追加:御挨拶、演奏家。
2022-12-20 teket.jp/5288/19059 にてアーカイブ配信チケット販売開始。
2022-12-19 [註2]記入([註1]と順番を交換)。
2022-12-18 人工知能美学芸術交響曲のテキスト補筆。展覧会作品のテキスト補筆。
2022-12-17 シンポジウムテキスト記入。[註1]記入。ナンカロウのテキスト補筆。
2022-12-12 メール配信。mailchi.mp/91346e2983cd/10?e=9c71a3a522
2022-12-09 チラシ画像更新。シンポジウムゲスト記入。美術展情報更新。
2022-12-06 チラシ画像更新。基本情報更新。
2022-12-01 teket.jp/5288/18548 にてチケット発売開始。
2022-11-27 英訳頁作成。
2022-11-23 本頁作成。